ピクシーダストテクノロジーズ株式会社(以下、PxDT)は、難聴者が補聴器では対応が難しい課題を解決するべく、他者の発話内容が分かるように字幕を表示するメガネ「難聴者支援スマートグラス」を開発しています。

同社は、筑波大学准教授でもある落合陽一氏が代表取締役CEOを務めており、大学から生み出される「研究(要素技術)」を、社会に存在する課題やニーズに適した形で社会実装する仕組みの構築を目指しています。

大日本住友製薬とPxDTは、「Pixie Nest™」という社会課題解決を目指した新規事業創出プログラムを通して提携を開始しました。大日本住友製薬は医療・ヘルスケア領域における潜在的な事業課題や知見を提供し、PxDTは独自の波動制御技術や障がい者向けユーザーインターフェースの知見を提供し、それらを組み合わせることで医療・ヘルスケア領域での社会課題解決を目指します。

本記事では、難聴者の社会参加による新たな雇用の創出やダイバーシティの実現など、社会全体としてのメリットの創出を目指すPxDTとの取り組みについてご紹介します。

幼少期からの難聴者が感じ続けるコミュニケーションの壁

*1 人口推計 令和3年2月報(総務省統計局)、Japan Trak 2018(日本補聴器工業会)から算出
*2 Japan Trak 2018(日本補聴器工業会)

日本には難聴者が1460万人いると推計されています※1。一方で、日本における難聴者の補聴器所有率は14.4%しかないと言われています※2。すなわち、1224万人の難聴者は補聴器を所有していないことになります。また、使用者における補聴器への満足度は38%と低く※2、現状の補聴器だけでは難聴者の課題を解決しきれていないと考えています。

補聴器の使用率や満足度が低い主な理由としては、ユーザビリティ(わずらわしい)と、複数人でのコミュニケーションにおける課題が挙げられます。「わずらわしい」には、「耳の中に異物感がある」「きつい」「痛い」「大きすぎる」「日々の生活にまだ必要ない」等の理由が含まれます※2

着目した課題、目指すゴール

*1 Japan Trak 2018(日本補聴器工業会)

複数人でのコミュニケーションにおける課題としては、複数人が同時に喋るとうまく聞き取れないことや、誰が話しているのかが分かりづらいといった「コミュニケーションの壁」を感じている可能性が考えられます。

実際に補聴器ユーザーの声を聞くと、「装着していると疲れるので、必要な時以外は外してしまう」「複数人と話す時に誰が話しているかわからない」「声が混ざってよく聞こえない」「『あ』と『が』の違いがわからない」「声の方向が分からない」といった不満点が挙がります。

また、難聴者の就労支援に携わっている方にヒアリングをするなかで、単に聞こえないことだけが難聴の問題ではないといった声がありました。。例えば、幼少期から難聴である方は、他人とのコミュニケーション機会が健常者の方と比較して少なくなってしまうことがあるそうです。これにより語彙やニュアンスの理解力が不足し、同じ発言を聞いたとしても、健常者の方とは違う意味で捉えてしまうことがあり、コミュニケーションで人一倍苦労する、といったことが起こります。

難聴者と健常者のコミュニケーションの壁を解消し、難聴者が100%の能力を発揮できる世界

PxDTと大日本住友製薬はこうした課題に取り組み、「難聴者支援スマートグラス」を提供することで、難聴者が100%の能力を発揮できる世界の実現を目指します。

「難聴者支援スマートグラス」は、まず働く世代の難聴者をターゲットとしていますが、もしそうした方々がこのデバイスを子どもの頃から使えば、幼少期からの難聴者と健常者のコミュニケーションの壁を解消できるかもしれない。すると、難聴者の方々の可能性をより広げていくことに貢献できるのではないかと期待しています。

難聴者支援スマートグラスは「働く世代」がターゲット

「難聴者支援スマートグラス」を装着すると、誰が何を話したのか分かるように字幕表示されます。相手が複数人いても、誰が話したか分かるよう話者の方向に合わせて字幕を表示します。

特筆すべき点は、「音の方向」が分かることです。両耳難聴者に限らず、片耳難聴者も耳が聞こえない方向から話しかけられると音がハッキリ聞こえない、両耳間差の情報が利用しづらいことから「音の方向」を知覚しにくいことがありますが、このデバイスを使用することでどの方向から話しかけられたかが明確に分かります。

また、「難聴者支援スマートグラス」は特に働く世代の難聴者に着目をしています。なぜなら、難聴者のなかでも、勤務中での困りごとが多く、ニーズが大きいと考えられるからです。会議や同僚の方とのコミュニケーションの際に効力を発揮することを目指し開発に取り組んでいます。

さらに、働く世代はパソコンやスマートフォンをはじめとしたITツールになじみがあり、スマートグラスを使用する心理的なハードルも低く、浸透しやすいと考えています。働く現場でのサポートになりうるソリューションかを実証するため、難聴者・難聴者を雇用している企業・難聴者の雇用を支援されている企業の方々など、約20名にプロトタイプを体験いただき、ヒアリングさせていただきました。そこで挙がった体験者の声が以下です。

「左右が分かれて表示されているのがすごいと思いました。私のように片耳が聞こえない者にとって、聞こえる方向がやはり1番困ります。それが分かるのはとても嬉しいです」

「絶対にほしいと思いました。左側から話しかけられたときに、その方と会話ができる。今だとはっきりと聞こえないので、必要以上に左を向いて右耳で聞こうとしたり、雑談だとちょっと笑ってごまかしたりして対処しています。そういったことが無くなるのはとても嬉しいですね。強くオススメしたいです」

「これがあれば、仕事の幅が広げられると感じました」

「ずっと付けていたい」

結果的に、ヒアリングではプロトタイプを体験した20人全員から「このソリューションは役に立つ」「欲しい」と反応をいただき、課題解決に役立つ確信が得られました。

PxDTがもたらす研究・技術の社会実装

上記でご紹介した難聴者支援スマートグラスは、大日本住友製薬とPxDTの共同研究開発によって生まれたデバイスです。

この取り組みが生まれた背景には、PxDTが主催する「Pixie Nest™」という取り組みがあります。「Pixie Nest™」はPxDTが社会ニーズと先端技術のブリッジャーとなることで、課題解決や価値創出を推進してきたコンソーシアムであり、新規事業創出の取り組みを進めてきました。

Pixie Nest 社会課題解決型新規事業 Project/フォーラム

両社は「Pixie Nest™」での議論を通じて、「補聴器は難聴者にとって現状最もメジャーなソリューションであるが、その使用率は非常に低い」ことに気づきました。そこで、他者の発話内容が分かるように字幕を表示するメガネ「難聴者支援スマートグラス」を開発し提供することで、難聴者の「コミュニケーションの壁」にアプローチするべく、本プロジェクトを立ち上げました。

これまで難聴者支援スマートグラスの要素技術やプロトタイプの開発を行い、前述した難聴者へのインタビューを通じて、難聴者支援スマートグラスに対する社会的ニーズが存在することを確認しました。

そして2021年9月、両社は新たに難聴者支援スマートグラスの表示ユーザーインターフェースの改善や、ユーザビリティ向上を目的とした共同研究開発契約を締結に至りました。

ピクシーダストテクノロジーズとは

PxDTは、大学から生み出される研究や技術を、社会課題の解決に対して素早く実装する仕組みを構築する企業です。技術開発領域は多岐にわたり、主に音や映像に関するユーザーインターフェース技術、また画像認識や空間認識に関するセンシング/データ処理、またそれらを用いた応用技術を保有しています。

事業の軸は現場のDXとダイバーシティ&ヘルスケアであり、ダイバーシティ&ヘルスケア分野では、介護施設での課題を解決する自動運転車椅子「xMove™」や、聴覚障害の方が音楽を光と振動で楽しむためのデバイス「SOUND HUG™」などのプロジェクトがあります。

ピクシーダストテクノロジーズのプロジェクト例

大日本住友製薬とPxDTの協業では、ユーザビリティに優れた難聴者支援スマートグラスの共同研究開発により、難聴者のコミュニケーションの壁を解消し、難聴者が十分に能力を発揮できる社会の実現を目指していきます。

2023年の上市を目指して改善を重ねる

今後のスケジュールとしては、このプロダクトの2023年度上市を目標としています。上市初期の段階では、働く人に特化した仕様で、働く世代の難聴者のなかでも特にニーズの強い層を初期ターゲットとして捉える製品の開発を考えています。

今後もより快適な使用感、優れたデザインを目指して、製品の改良を継続していく予定です。今回のユーザーヒアリングの結果では、発話者が分かるように発話内容を視覚的に表示するというコンセプトに関しては好意的な評価を得られました。一方、現状のスマートグラスハードウェア自体の評価はまだまだ低く、プロダクトに改善の余地があるとわかりました。より普段使いができるメガネに近い形にすることや、長期間装着しても疲れない、軽くて長時間使えるハードウェアの開発が必要です。

こうしたユーザビリティ調査の結果を踏まえて、改良版のデバイスを開発していく予定です。ユーザビリティが良い製品へと磨き上げ、子供や高齢の難聴者への市場拡大も目指したいと考えています。

さらに将来的には海外展開も検討していきたいと考えています。まずは日本語版のデバイスを開発し、日本での上市を目指していますが、将来的には日本国外の難聴者の方々も100%の能力を発揮できる社会を目指し、海外展開をしていきたいと考えています。

難聴者支援スマートグラスのほかにも、大日本住友製薬フロンティア事業推進室では、精神・神経疾患領域における医薬品の研究開発で培った自社独自の知⾒と、ビジネスパートナーの独自技術や知見、特許をかけ合わせることで、研究や事業開発に取り組んでいます。パートナー企業としてコラボレーションの可能性を検討いただけそうな方は、ぜひお問い合わせください。


<出典情報>

  • ※1人口推計 令和3年2月報(総務省統計局)、Japan Trak 2018(日本補聴器工業会)から算出
  • ※2Japan Trak 2018(日本補聴器工業会)

  • Pixie Nest、xMove、SOUND HUGおよび関連するロゴは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社の商標または登録商標です。